肩甲下筋は腱板を構成する筋の一つであり、臨床においても前上方不安定性や腱板損傷に対する肩甲下筋の関与を感じる場面を経験することがあります。
本記事では、肩甲下筋を腱板の前方唯一の構成要素として捉え直し、その構造が腱板全体の張力バランスや骨頭の安定性にどのように関わっているのかを整理していきます。
とくに、腱板損傷が上部から前部へ広がっていく背景を、肩甲下筋の構造と配置という視点から読み解くことで、日々の臨床での評価や考え方につながるヒントになります。
- 腱板とは何か ― 骨頭を関節窩へ密着させる構造
腱板(ローテーターカフ)は、棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋の4筋からなる腱の集合体であり、その役割は運動方向を作り出すことに加えて、運動中も静止時も一貫して上腕骨頭を関節窩へ引き付け続けることです。
上腕骨頭は関節窩に対して大きく、形状的にも不安定であるため、腱板による三次元的な包み込みと張力のバランスがなければ、安定した肩関節運動は成立しません。
よって、腱板は上腕骨の動きを成立させるための前提条件となる安定化構造と捉えることで、肩関節機能を構造的に理解しやすくなります。
- 腱板の三方向構造と前方が単独で担う役割
腱板を立体的に見ると、上腕骨頭の
- 上方:棘上筋
- 後方:棘下筋・小円筋
- 前方:肩甲下筋
という三方向構造で取り囲んでいることが分かります。
ここで注目すべき点は、前方だけが肩甲下筋という1筋で担われているという構造です。
後方は棘下筋と小円筋という複数筋によって制御が可能であるのに対し、前方は肩甲下筋が単独で前方安定性を担っています。
この非対称性は、前方方向に加わる剪断力や外力に対して、より精密で持続性の高い制御が必要となる構造であることを示しています。
- 肩甲下筋を腱板の一部として捉える視点
肩甲下筋は一般に内旋筋として理解されています。
しかし、腱板を構成する筋の一つとして捉える場合、内旋という運動方向だけでなく、その役割について着目する必要があります。
腱板を構成する各筋に共通する最も重要な役割は、運動中だけでなく静止時においても、上腕骨頭を関節窩へ密着させ続けることです。
肩甲下筋も腱板の前方構成要素として、他の腱板筋と協調しながらこの役割を担っています。
肩関節は日常生活において内旋位で使用される場面が多く、肩甲下筋は内旋筋として持続的に活動します。
しかし、その働きは内旋運動に限定されるものではありません。
外旋、屈曲、伸展といった肩関節運動においても、肩甲下筋は他の腱板筋とともに、骨頭と関節窩の位置関係を前方から調整し続けています。
このような前方から骨頭を包み込むような張力発揮が、肩甲下筋の構造的特徴によって可能となっています。
一方で、棘上筋など上部腱板に損傷が生じると腱板全体の張力バランスは崩れやすくなり、結果として肩甲下筋の前方成分や内旋方向の張力が相対的に優位となるため、上腕骨頭は内旋を伴いながら前方へ偏位しやすくなります。
- 肩甲下筋の分節構造が示す前方対応性
肩甲下筋は一般的に3束~4束構造として説明されることが多いですが、解剖学的には5束、6束といったように個人差が報告されています。
ただし、臨床的に重要なのは筋腹の数そのものではありません。
本質は、前方を担う筋として、多方向から加わる力に対応できる構造的自由度を持っていることです。
肩甲下筋は、上部から下部まで線維走行や張力発揮方向が異なっており、単一方向ではなく複数方向の前方制御を可能にしています(図1)。
この分節性は、前方唯一という役割を担う中で、結果として成立している構造と考えることができます。

図1 肩甲下筋の構造特徴
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- 腱板損傷が上部から前部へ波及する構造背景
腱板損傷は、棘上筋を中心とした上部損傷から始まり、前部へ波及するパターンが臨床的にしばしば観察されます。
この背景には、肩甲下筋の構造的特徴が深く関与しています。
肩甲下筋は腱板の中で最大の筋であり、小結節へコンマ状に付着します。
その上位2/3は腱性構造を持ち、広範囲にわたって付着するため、強固である一方、負荷条件によっては張力が局在しやすい構造をしています(図2)。
図2 肩甲下筋の付着部
(無断転載禁止)
5-1. 肩甲下筋上部(腱性部)の構造特徴
肩甲下筋上部は、棘上筋前部線維および腱板疎部と構造的に連続しています。の連続性により、棘上筋断裂や疎部損傷が生じると、力学的負荷は前方へ波及しやすくなります。
5-2. 腱板疎部との交叉と、損傷波及の必然腱板疎部はもともと構造的に脆弱な領域であり、ここを介して上部損傷が前部へと連続することで、肩甲下筋上部の断裂や機能破綻が併発しやすくなります。
一方、肩甲下筋下部では、腱性付着ではなく筋線維が直接骨に付着しています。
そのため、高張力環境下では微細損傷や機能破綻が生じやすい構造となっています。
- 臨床における評価の視点 ― 肩甲下筋をどう見るか ―
これまで述べてきた内容を踏まえると、臨床で重要なのは肩甲下筋を「内旋筋としてどれだけ力を発揮できているか」を評価することだけではありません。
注目すべきなのは、腱板全体の張力バランスの中で、前方から上腕骨頭を関節窩へ密着させる役割が保たれているかどうかです。
したがって肩甲下筋の評価では、単独の筋力や可動域ではなく、肩関節運動中に骨頭位置がどのように保たれているか、他の腱板筋との協調が成立しているかという視点が重要になります。
肩甲下筋を腱板の前方構成要素として捉えることで、前上方領域に生じる問題を構造と張力バランスの破綻として理解することが可能になります。
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投稿者
福山真樹

理学療法士
メディカルアナトミーイラストレーター
鳥取県理学療法士会イラスト担当
日本理学療法士協会推薦公式イラスト担当
京都芸術大学通信教育部イラストレーションコース非常勤講師(美術解剖学_添削採点担当)
イラストスタジオ福之画代表
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