手指・手関節機能を評価・解釈する際、MP関節やIP関節、あるいは母指CM関節といった末梢関節に視点が向けられることは少なくありません。
しかし、実際に機能発揮の質を左右しているのは、これらの末梢関節だけではなく、その基盤として存在する手根骨の協調運動です。
手根骨は単なる「土台」ではなく、運動方向を選択し、力の伝達経路を定めている制御中枢として機能します。
その機能的運動軸(運動パターン)として知られているのが、Dart Thrower’s Motion(DTM)およびReverse Dart Thrower’s Motion(RDTM)です。
両者を単なる運動軌道として扱うのではなく、手根骨の機能分化という視点から認識することで、手指・手関節機能の理解を一段深めます。
DTMとSTT関節 ― 母指列の力学的一致
DTM(橈屈+背屈 → 尺屈+掌屈)の運動方向は、舟状骨‐大菱形骨‐小菱形骨から構成されるSTT関節(Scapho-Trapezio-Trapezoid joint)の関節運動と高い一致性を示すことが報告されています。
STT関節は母指列(橈側列)の基盤であり、舟状骨遠位部を介して母指CM関節へ力を伝達する経路に位置します。
この関節は斜走する関節面を有し、橈屈+背屈方向への運動と機械的に整合します。
DTM軌道上では「舟状骨近位部の過度な回旋が抑制」「近位手根列の動揺が最小化」「撓側列(母指列)が効率的に運動可能」という特徴があります。
母指対立、精密把持、道具操作といった精密な操作において、手関節はDTM方向を通過することが多いです。
これは「STT関節の運動方向+母指CM関節の対立軌道+橈側手根屈筋・橈側手根伸筋群の張力ベクトル」が力学的に整合するためです。
すなわち、DTMは単なる安定した動きではなく、『母指列が持つ本来の操作性を発揮させるための力学的軌道』です。

RDTMと有頭骨‐有鈎骨ユニット ― 尺側列の安定化機構
一方、RDTM(橈屈+掌屈 → 尺屈+背屈)は、DTMとは逆方向の斜走軌道を描きます。
この軌道は、有頭骨‐有鈎骨ユニットの運動方向と親和性が高いと考えられます。
有頭骨は遠位手根列の中心的構造であり、中手骨列と強固に連結します。有鈎骨は小指列(尺側列)と連動し、環指・小指の力学的支持基盤を形成します。
RDTM軌道上では「尺側手根伸筋の走行方向と整合」「尺側手根屈筋による張力制御が効率化」「尺側列が支持・固定(アンカー)として機能」という特徴があります。
このとき、有頭骨‐有鈎骨ユニットは中手骨基部と一体化し、握力発揮(power grip)や回旋トルク発揮時の支持基盤を形成します。
すなわち、RDTMは単なるDTMの逆方向の動きではなく、『尺側列が持つ本来のアンカー機能を活性化させるための力学的軌道』です。

母指列=操作系、尺側列=支持系という機能分化モデル
以上を統合すると、手根骨は単一の構造体ではなく、機能的に分化したユニットとして理解できます。
・DTM = STT主導の母指列操作系
・RDTM = 有頭骨‐有鈎骨ユニット主導の尺側列支持系
橈側列(母指・示指)が精緻な操作性(Mobility)を司るのに対し、尺側列(小指・環指)は手のアーチを保持し、操作の土台となる支持性(Stability)を構築します。
手指機能の破綻は、しばしばこのユニット間の協調不全として出現します。
例えば
・母指CM関節症でDTM軌道が破綻する症例
・TFCC障害でRDTM方向の安定性が低下する症例
・尺側列が機能せず握力が低下している症例
これらはすべて、手根骨の運動制御異常として再解釈できます。
動的制御の破綻と三次元連鎖モデル
母指CM関節症症例でDTM軌道が破綻している場合、母指のみを強化しても操作機能は回復しにくいです。
STT関節の運動方向と整合する手関節制御が再構築されなければ、母指列への力伝達は効率化されません。
同様に、尺側手関節痛やTFCC関連症状を呈する症例では、RDTM方向における尺側列制御の破綻が観察されることが少なくありません。
ただしここで重要なのは、その破綻が単なる「機能低下」ではないという点です。
機能的側面では、尺側列を適切に動的安定化(Dynamic Stability)させる能力が不足しています。
一方で力学的側面では、DTM軌道の不全を代償するために尺側列へ負荷が集中し、結果として過使用(Overuse)や誤使用(Misuse)の状態に陥っている可能性があります。
すなわち、尺側列は「機能していない」のではなく、「過剰に使われながらも適切に制御されていない」状態にあると解釈できます。
こうしたDTM軌道の破綻を補おうとする尺側の過剰な代償は、尺側列の動的安定化を損なうだけでなく、TFCCや遠位橈尺関節への負荷偏在を招き、メカニカルストレスを波及させる要因となり得ます。
したがって臨床的には、尺側列をさらに強化するのではなく、一時的に負担を減らしつつ、母指列(橈側列)—すなわちDTM軸の再獲得を図ることが、負荷再分配の観点から合理的戦略となります。
さらに重要なのは、これら撓側列・尺側列の動的安定性が前腕回旋と三次元的に結合している点です。
橈骨遠位関節面の傾斜変化は、DTM方向では母指列(橈側列)への力の伝達を促し、RDTM方向では尺側列への支持転換を促します。
すなわち、前腕回旋は単なる回旋運動ではなく、どの手根骨を主働化させるかを定める制御因子として機能します。
まとめ
手指は出力装置であり、手根骨はその制御基盤です。
DTMとRDTMは単なる運動軌道ではありません。
それは「撓側列(母指列)操作系」と「尺側列支持系」を切り替える機能的スイッチです。
手指のパフォーマンスを最大限に引き出す鍵は、土台となる手根骨の動的制御にあります。DTMとRDTMという機能軸を通じて手根骨の役割を改めて精査することが、臨床におけるより精密な介入へと繋がります。
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投稿者
福山真樹

理学療法士
メディカルアナトミーイラストレーター
鳥取県理学療法士会イラスト担当
日本理学療法士協会推薦公式イラスト担当
京都芸術大学通信教育部イラストレーションコース非常勤講師(美術解剖学_添削採点担当)
イラストスタジオ福之画代表
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