人材育成を考える上で重要な視点のひとつに「経験価値」がある。
経験価値とは、単なる知識やスキルの習得を超えて、働く過程で得られる充実感や納得感、挑戦を通じた成長実感を意味する。
給与や労働条件といった外的要因だけではなく、この経験価値が満たされているか否かが、優秀な人材が長く職場に定着するかどうかを大きく左右するのである。
多くの組織では人材育成を「研修」「OJT」「評価制度」といった形式で捉えがちである。
しかし、若手や中堅の職員にとって大切なのは、そのプロセスの中で「自分の成長を実感できる経験をしているか」「自分の仕事が職場や社会に貢献していると感じられるか」という主観的な価値である。
経験価値が伴わなければ、せっかくの研修や制度も単なる「作業」に終わってしまい、離職やモチベーション低下につながる危険性が高い。
経験価値を提供する方法は多様である。
たとえば、若手職員に一定の裁量を与え、挑戦的な業務を任せること。
あるいは、先輩職員が臨床の現場で判断に迷う場面をあえて共有し、一緒に考える機会を設けること。
これらは一見すると時間や労力がかかるが、当事者にとっては「自分が信頼されている」「学びの機会を与えられている」という実感をもたらし、職場への愛着や自己成長の手応えにつながる。
また、経験価値は「成功体験」だけでなく「失敗体験」を含む点にも注目すべきである。安全に失敗できる環境を整えることで、職員は恐れずに挑戦できる。
上司や同僚が失敗を責めるのではなく、そこから学びを共有する文化を醸成することこそ、人材が伸びる職場をつくる最大の条件である。
さらに、経験価値は組織文化と直結している。
短期的な成果や効率性だけを追求する職場では、職員は「使い捨てられている」と感じやすい。
一方で、経験価値を重視する組織は、個人の成長と組織の発展を重ね合わせる視点を持ち、長期的に優秀な人材が集まり続ける。
結果として、定着率の高さが組織の競争力となり、利用者や顧客への価値提供の質も向上する。
総じて言えるのは、良い人材を定着させたいのであれば「待遇改善」や「制度整備」だけでは不十分であるということだ。
人は自らの経験に価値を見出すとき、職場を単なる労働の場ではなく「自分の成長を支えてくれる場」として認識する。
そのとき、初めて人材育成は組織の強さに直結するものとなるのである。
筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授
医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」 や 「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
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