「自立していますね。」
臨床の中で、私たちは日常的にこの言葉を使っているかと思います。
しかし、その「自立」は、何をもって判断しているでしょうか。
一般的に自立とは、「他者の手を借りずに、自分の力で生活行為を遂行できている状態」と理解されることが多いでしょう。
評価表で言えば、ADLが自立レベルである。見守りや介助が不要である。といった感じです。
しかし、本当にそれだけで十分でしょうか。
“できている”という結果だけを見て、“やりづらさ”や“余裕のなさ”を見落としていないでしょうか。
私は、自立とは単に「介助が不要な状態」ではなく、
“その人らしい生活が無理なく続けられている状態”だと考えています。
この視点を持つことで、自立の見え方は少し変わってくるかもしれません。
自立は、二つに分けて考えることができます。
それが「普遍的自立」と「限定的自立」です。
「普遍的自立」とは、環境が多少変わっても安定して遂行できる状態です。
時間帯や体調に左右されにくく、代償に大きく依存せず、再現性のある遂行が可能な状態とも言えるでしょう。
一方で、「限定的自立」とは、「今の環境」「今の条件」だからこそ成立している自立です。
手すりの位置、ご家族のさりげない声かけ、決まった生活リズム。
それらが整っているから自立している、という状態です。

どちらが良い・悪いという話ではありません。
問題は、私たちがその違いを認識せず、同じ「自立」として扱ってしまうことにあると考えています。
本当に、その人は「普遍的自立」まで改善する必要があるのでしょうか。
ご本人やご家族は、そこまでを望んでいるでしょうか。
たとえば、ご家族の支援体制が安定しており、生活範囲も限定されている場合、
あえて負荷をかけて普遍的自立を目指すことが最善とは限りません。
大切なのは、
・その人の生活はどこまで広がる可能性があるのか
・将来的に環境が変わるリスクはあるのか
・ご本人はどのような役割を取り戻したいと考えているのか
こうした視点から、「限定的自立で十分なのか」「もう一段階引き上げる必要があるのか」を評価することだと考えています。
自立度の“高さ”ではなく、
「生活との適合度」を見極めることが重要です。
もともと普遍的自立であった方が、いつの間にか限定的自立になっていることは無いでしょうか?
「できてはいるけれど、少し時間がかかる」
「最近、買い物が億劫になった」
「重い物を持つのがしんどい」
ADLは自立でも、家事動作、特に買い物のようなIADLに“やりづらさ”が出始めることは少なくありません。
これは、状態悪化の初期サインかもしれません。
その原因が環境の変化や生活習慣だけであれば調整で済むかもしれません。
しかし、下肢筋力や持久力、注意機能の低下が背景にある場合、この段階で介入できるかどうかが、その後の生活を大きく左右します。
「自立しているから介入終了」
ではなく、限定的自立の段階で機能低下を察知し、悪化を食い止める視点こそが要介護化の予防につながると考えます。
私たちリハビリテーション専門職は、機能や生活行為の両面から状態像の変化を捉えられる専門職です。
「まだ大丈夫」と言われる段階で、その“まだ”の中身を言語化できるのは、私たちの強みであるはずです。
悪くなってから対処するのではなく、悪くしない、あるいは悪くしきらない支援を考える。
こうした支援も、昨今非常に求められています。
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投稿者
浅田 健吾先生
株式会社colors of life 訪問看護ステーション彩

平成21年に関西医療技術専門学校を卒業し、作業療法士の免許取得する。
回復期・維持期の病院勤務を経て、令和元年より株式会社colors of life 訪問看護ステーション彩での勤務を開始する。
在宅におけるリハビリテーション業務に従事しながら、学会発表や同職種連携についての研究等も積極的に行っている。
大阪府作業療法士会では、地域局 中河内ブロック長や地域包括ケア委員を担当しており、東大阪市PT.OT.ST連絡協議会の理事も務めている。
平成30年からは、大阪府某市における自立支援型地域ケア会議に助言者として参加している。
