転倒予防と心理的安全性:「患者にとっての最善」を導くチームの条件とは

医療・介護現場における転倒予防は、単に物理的な環境を整えるだけでなく、多職種が多様な意見を出し合いながら「患者にとっての最善」を模索するチーミングのプロセスである

しかし、複雑で不確実性の高いこのプロセスにおいて、チームの「心理的安全性」が欠如していると、患者の生活の質(QOL)を支援する本来の目的が損なわれる危険性がある

本稿では、転倒予防をめぐる倫理的ジレンマと、心理的安全性がチームに与える影響について考察する。

1. 倫理的ジレンマ:「自律を尊重する」か「無危害」か

転倒予防の現場では、常に倫理的ジレンマがつきまとう

患者の「歩いてトイレに行きたい」というニーズに応えることは、医療介護職の倫理原則である「自律尊重原則」に基づく行動である一方で、転倒リスクを伴うため、安全を確保するという「無危害原則」と衝突するからである

ベストな解答を出すことが難しいこの状況下においては、多職種によるカンファレンスを通じて、複数の「ベター」な選択肢から妥協点を見出していくことが求められる

しかし、「無危害原則(絶対に転ばせないこと)」を絶対視する空気がチームを支配していると、「自律尊重原則」も大切にしたいと考えるメンバーは発言を躊躇してしまい、結果として患者の意向が置き去りにされる事態が生じやすくなる

2. 正論が奪う心理的安全性と「倫理的態度の適応的な弱化」

経験の浅いA看護師が、ベテランのB看護師に対して患者の「歩きたい」というニーズを相談した事例がある

B看護師は「退院後独居なのだから、転んだらどうするのか。車いすで長く自宅で過ごせる方が患者のためだ」と自身の看護観を主張した

この言動は一見すると正論に聞こえるが、患者の転倒リスクの要因を深く吟味せず、リスクがあるというだけで支援の選択肢から除外する早計な判断でもある

しかし、A看護師は中心的存在であるB看護師の意見に同調し、「退院後の生活まで考えていなかった自分」を恥じ、それ以降、自らの考えを誰かへ相談することをやめてしまった

心理的安全性とは、「対人関係においてリスクのある行動をとっても、このチームなら馬鹿にされたり罰せられたりしないと信じられる状態」を指す

A看護師の相談行動が抑制された背景には、心理的安全性が低下する4つの対人関係リスクが影響している

・無知だと思われる不安:「そんなこともわからないのか」と自尊感情を傷つけられることを恐れ、相談ができなくなる

・無能だと思われる不安:ミスを隠したり、プロセスに不安があっても上手くやっているように見せかけたりする

・邪魔をしていると思われる不安:空気を読まない人というレッテルを恐れ、必要なタイミングで発言できなくなる

・ネガティブだと思われる不安:仲間外れを恐れ、チームが同じ方向を向いている場面で建設的な批判ができなくなる

心理的安全性が低い環境に置かれると、メンバーは自らを守るための防衛機制(忖度や空気を読む行動)を無意識に働かせる

その結果、患者のQOLについて考え行動するという「倫理的な態度の適応的な弱化」が引き起こされてしまうのである

3. 心理的安全性を高めるチームマネジメントと対話の工夫

「患者にとっての最善」を追求するチームを構築するためには、管理者が意図的に心理的安全性を高める場(多職種カンファレンスなど)を設定することが重要である

その際、以下の4つの因子を意識したファシリテーションが効果的とされる

・話しやすさ:結論を急がず、参加者が知っている事実を自由に出し合える雰囲気を基盤とする

・新奇歓迎:常識に囚われない意見や批判的な意見にも耳を傾け、同質的な意見に偏らないよう促す

・助け合い:担当者が気付かなかった意見が出た際も、それを「恥」と捉えさせず、「誰かが気付いてくれてよかった」という感謝の構造にする

・挑戦:最初から完璧な結論を求めるのではなく、患者の自律を尊重しながら試行錯誤するプロセス自体を共有する

さらに、コミュニケーションにおいては「人とタスクを区別する」ことが極めて重要である

意見に対するフィードバックを行う際、「それはあなたの価値観だ」と個人を否定するのではなく、「退院後の生活を考慮した素晴らしい視点だ。

そこに患者の意見も踏まえて考えてみよう」と、相手の存在を承認した上で課題(タスク)に向けた対話を促すことで、心理的安全性は担保される

まとめ

チームが転倒予防において真の成果を上げるためには、メンバー同士が同調圧力に屈することなく、忌憚のない意見を交わせる環境が不可欠である

医療・介護従事者にとって、“転ばれる”ことへの怖れとは、専門職としての覚悟を持って向き合い続けるべき課題である

そして、その覚悟を根底で支え、患者の尊厳を守る倫理的な行動を促進するものこそが、組織的な「心理的安全性」に他ならないのである

投稿者
堀田一希


・理学療法士

理学療法士免許取得後、関西の整形外科リハビリテーションクリニックへ勤務し、その後介護分野でのリハビリテーションに興味を持ち、宮﨑県のデイサービスに転職。現在はデイサービスの管理者をしながら自治体との介護予防事業なども行っている。

「介護施設をアミューズメントパークにする」というビジョンを持って介護と地域の境界線を曖昧に、かつ、効果あるリハビリテーションをいかに楽しく、利用者が能動的に行っていただけるかを考えながら臨床を行っている。

また、転倒予防に関しても興味があり、私自身臨床において身体機能だけでなく、認知機能、精神機能についてもアプローチを行う必要が大いにあると考えている。
そのために他職種との連携を図りながら転倒のリスクを限りなく減らせるよう日々臨床に取り組んでいる。

 

関連記事