なぜ「正しい運動指導」だけでは
人は動かないのか
リハビリや運動指導の現場では、こんな経験がよくある。
- 必要性は説明し
- 患者は運動内容も理解している
- しかも、「やった方がいい」と本人も言っている
それでも、数週間後には運動が止まっている。
これは「指導が間違っている」からではない。
人が行動を変える仕組みを踏まえないまま、正論だけを伝えているからである。
この行動変容の仕組みを理解する上で、非常に示唆に富む考え方が健康信念モデル(Health Belief Model)である。
人は「危機感」と「意味」を
感じたときに動き出す
健康信念モデルは、「人がなぜ健康行動を取るのか」を説明するために生まれた理論である。
ポイントは極めてシンプルだ。
行動が変わるためには、次の2つがそろう必要がある。
① このままだと自分に起こり得る、と感じているか
「病気になるかもしれない」
「今の状態が続けば、生活が不自由になるかもしれない」
このように、問題が他人事ではなく自分事として認識されているかが重要である。
いくらリスクを説明しても、
「自分はまだ大丈夫」「自分には当てはまらない」
と思われている限り、人は動かない。
② それは自分にとって深刻だ、と感じているか
仮に「起こり得る」と理解していても、
「まあ、なんとかなるだろう」
「多少不便でも仕方ない」
と受け止められていれば、行動は変わらない。
その結果が、自分の生活・価値観・人生にとってどれほど重大か
ここが腹落ちして初めて、危機感が生まれる。
行動は「メリットが勝ったとき」
にしか続かない
健康信念モデルでは、もう一つ重要な視点がある。
それがメリットとデメリットの天秤である。
運動には必ずデメリットがある。
- 面倒くさい
- 疲れる
- 時間が取られる
- 痛みが出るかもしれない
これらを上回るメリットが本人の中で明確にならなければ、運動は「一時的にはやっても、続かない」。
つまり、
- 運動しないことで起こる不利益
- 運動を続けることで得られる具体的な利益
この2つがセットで理解されて、初めて行動は定着する。
運動継続を支えるのは
「説明力」である
ここで重要なのが、リハビリ職種の役割である。
運動継続を支援するとは、
「メニューを出すこと」ではない。
運動を続ける意味を、本人が納得できる形で言語化することである。
そのためには、次の視点が欠かせない。
- この疾患・状態がこのまま進行した場合、どうなるのか
- 今すでに起きている機能低下は何か
- 運動を続けた場合、何がどこまで変わる可能性があるのか
これらを曖昧な表現ではなく、
その人の生活に即した形で説明できるかどうかが、行動変容を左右する。
「やった方がいい」ではなく
「やらないと何が起こるか」
運動指導が響かないとき、
つい「伝え方」や「モチベーション」に原因を求めがちである。
しかし本質はそこではない。
- 危機感が具体化されていない
- 運動のメリットが生活レベルで理解されていない
この状態で、どれだけ正しい運動を提示しても、行動は続かない。
健康信念モデルは、
運動継続支援とは心理と認知への介入である
という事実を、教えてくれる理論である。
まとめ
運動継続は「知識×納得」で決まる
運動を続けてもらうために必要なのは、
- 技術だけではない
- 励ましでもない
「この人にとって、なぜ今それが必要なのか」を説明できる力である。
疾患の理解、予後の見通し、生活への影響を結びつけて語れるリハビリ職種ほど、
運動継続を支援できる専門職になっていく。
運動が続かないときこそ、「メニュー」ではなく「意味」を見直すべきである。
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筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授
医療・介護分野の経営戦略と人材育成に精通し、年間100回以上の講演・研修を行っている。
病院・介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と現場力の向上をサポートしている。
著書には「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」に加え、
『外来リハ・通所リハ・通所介護のリハビリテーション(運動器疾患編/組織マネジメントと高齢者リハビリ編)』
『リハビリテーション職種の在宅リハビリ・ケア』
などがある。
理学療法士として、呼吸リハビリテーションおよび運動器リハビリテーションを専門とし、
臨床・教育・マネジメントを横断した実践的な知識と技術を提供している。
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