筋肉の働きといえば、一般的には①関節運動を生み出す、②熱を産生する、③筋ポンプ作用によって静脈還流を促す、④体温調節に関与する、⑤骨や関節を保護するといった役割が知られています。
リハビリテーション職にとって、筋肉は運動や動作を考えるうえで最も身近な組織の一つです。
しかし近年、骨格筋にはこれらとは異なる重要な役割があることが明らかになっています。
それが、「内分泌器官としての骨格筋」という考え方です。
骨格筋は単に収縮して力を発揮するだけではなく、筋収縮や運動に伴って、さまざまな生理活性物質を産生・分泌します。
その代表が「マイオカイン(myokine)」です。
「myo」は筋、「kine」は作用する物質を意味し、骨格筋から産生・分泌されるサイトカインやペプチドなどを総称してマイオカインと呼びます。
これらの物質は筋組織そのものに作用するだけでなく、血流などを介して脂肪組織、肝臓、骨、血管など、さまざまな臓器・組織にも影響を与えると考えられています。
つまり、筋肉は身体を動かす器官であると同時に、全身の臓器と情報交換を行う内分泌器官でもあるということです1)。
この「骨格筋は分泌器官である」という概念は、運動療法の意義を考えるうえでも非常に重要です。
マイオカインとしてはIL-6、IL-15、イリシン、マイオスタチンなど、さまざまな物質について研究が進められています。
また、運動とBDNF(brain-derived neurotrophic factor:脳由来神経栄養因子)との関連も注目されています。
BDNFは神経細胞の生存や神経可塑性、学習、記憶などに関係する重要な因子であり、運動によって血中濃度が上昇することが報告されています。
そのため、運動が認知機能や精神機能に与える影響を考えるうえでも重要な研究対象となっています。
ただし、「筋肉から分泌されたBDNFが直接脳に作用して認知機能を改善する」と単純に考えることはできません。
運動による脳機能への影響には、脳血流、自律神経、代謝、炎症反応、神経栄養因子など、複数のメカニズムが関与していると考えられています。
また、イリシン(irisin)という物質も注目されています。
イリシンは運動に伴って骨格筋から産生される物質として報告され、脂肪組織やエネルギー代謝との関連について研究されています。
特に、白色脂肪組織を褐色脂肪様の性質へ変化させ、エネルギー消費を高める可能性が示されており、肥満や糖代謝との関連でも注目されています。
一方で、イリシンをはじめとするマイオカインの作用については、動物実験や基礎研究段階の知見も多く、すべての作用がヒトの臨床で確立されているわけではありません。
そのため、リハビリテーション職は研究結果を過度に単純化せず、現在どこまで分かっているのかを整理して理解することが重要です。

そして、ここでリハビリテーション職が改めて考えたいのが、運動療法の目的を「筋力をつける」「歩けるようにする」だけに限定しないことです。
筋収縮を伴う身体活動は、筋量や筋力、持久力を改善するだけではなく、糖・脂質代謝、慢性炎症、血管機能、骨代謝、さらには脳機能など、全身に影響を与える可能性があります。
特に高齢者では、サルコペニア、フレイル、糖尿病、心血管疾患、認知機能低下など、複数の問題を併存していることも少なくありません。
だからこそ運動療法は、単なる「筋力増強訓練」ではありません。
骨格筋を適切に活動させることによって、全身の健康状態に働きかける治療介入であるという視点を持つことが大切です。
リハビリテーション職がマイオカインや骨格筋の内分泌作用を理解することは、「なぜこの患者に運動が必要なのか」をより深く説明することにもつながります。
運動療法をADLや筋力だけで評価するのではなく、代謝、循環、脳機能、フレイル予防など、全身への波及効果まで捉える視点が、これからのリハビリテーションにはますます求められるでしょう。
参考文献
1)Pedersen BK, Febbraio MA. Muscles, exercise and obesity: skeletal muscle as a secretory organ. Nat Rev Endocrinol. 2012;8:457-465.
投稿者
井上拓也

・理学療法士
・認定理学療法士(循環)
・3学会合同呼吸療法認定士
・心臓リハビリテーション指導
理学療法士免許を取得後、総合病院にて運動器疾患や中枢神経疾患、訪問リハビリテーション等に関わってきました。すべての患者さんのために、障害された機能の改善やADLの向上に励んできました。特に運動器疾患においては、痛みの改善や関節可動域の改善、筋力向上を目的とした理学療法にて、患者さんのADLの向上を図ってきました。

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