失業は怖い。
失業すれば、収入が途絶え、生活が不安定になる可能性がある。
住宅ローン、家族の生活費、将来への備え。
現実的な問題が一気に押し寄せてくる。
だから、失業を怖いと感じるのは当然である。
しかし、本当に怖いのは、失業そのものだけだろうか。
失業よりも怖いものがある。
それは、アイデンティティの喪失である。
アイデンティティとは、人が時間や環境が変わっても「自分は自分である」と感じられる感覚である。
心理学者エリクソンは、アイデンティティを人生における重要な発達課題として位置づけた。
つまり、人は単に仕事をしているから自分でいられるのではない。
自分は何を大切にしているのか。
どのような価値を社会に提供したいのか。
どのような生き方を選びたいのか。
こうした価値観や信念が、自分の中で統合されている状態こそが、アイデンティティである。
わかりやすく言えば、アイデンティティとは、自分自身の価値観を自分で理解し、その価値観に基づいて行動できる状態である。
アイデンティティが保たれていれば、たとえ失業しても、人生そのものが崩れるわけではない。
なぜなら、自分の価値観から、次の目標や行動指針を再び作ることができるからである。
どのような仕事を選ぶのか。
誰に、どのような価値を届けたいのか。
自分の経験をどのように社会に活かすのか。
これらを考える力が残っていれば、人は再び前に進むことができる。
一方で、アイデンティティを失うと、自分の価値観に基づいた行動が取りにくくなる。
何をしたいのかがわからない。
何を大切にしていたのかもわからない。
自分にはどんな価値があるのかも見えなくなる。
この状態こそが、人生において非常に危険である。
特に注意すべきなのは、仕事とアイデンティティを完全に同化させている場合である。
「自分は理学療法士である」
「自分は作業療法士である」
「自分は言語聴覚士である」
このように、資格や職業そのものを自分の存在価値としてしまうと、その仕事を失った瞬間に、自分自身まで失ったように感じてしまう。
もちろん、職業に誇りを持つことは大切である。
専門職としての責任感や使命感も重要である。
しかし、職業はあくまでも、自分の価値観を社会に表現するための一つの手段である。
キャリア理論においても、仕事は単なる雇用形態ではなく、その人の価値観、能力、興味、人生観を表現する場であると考えられている。
つまり、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士という資格そのものがアイデンティティなのではない。
自分のアイデンティティを、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士という資格を通じて発現しているにすぎない。
たとえば、「人の可能性を支援したい」という価値観がある人は、臨床現場でも、教育でも、マネジメントでも、地域支援でも、その価値観を発揮できる。
「生活を支える専門職でありたい」という価値観がある人は、病院だけでなく、在宅、介護、福祉、行政、研修、コンサルティングなど、さまざまな場でその価値を表現できる。

このように、自分の価値観が明確であれば、働く場所や肩書きが変わっても、自分自身を見失うことは少ない。
しかし、仕事とアイデンティティを同化させている人は、職場を失うことが、そのまま自分の存在価値の喪失につながってしまう。
さらに、失業による経済的困窮が重なれば、価値観の喪失と生活苦が同時に生じる。
これは、人生における大きな危機である。
だからこそ、私たちは仕事だけに自分の存在価値を預けてはいけない。
資格だけに人生の意味を依存してはいけない。
大切なのは、自分は何を大切にして生きたいのかを言語化しておくことである。
自分は誰の役に立ちたいのか。
自分はどのような価値を届けたいのか。
自分はどのような生き方を選びたいのか。
これらを考え続けることが、アイデンティティを守ることにつながる。
失業は確かに怖い。
しかし、もっと怖いのは、失業によって自分自身の価値まで失ったと感じてしまうことである。
仕事を失っても、自分の価値観まで失う必要はない。
肩書きを失っても、自分の人生まで失う必要はない。
理学療法士・作業療法士・言語聴覚士として生きるのではない。
自分のアイデンティティを、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士という仕事を通じて表現していくのである。
仕事とアイデンティティを同化させてはいけない。
アイデンティティさえ失わなければ、人生は何度でも再設計できる。
人生は、まだ明るい。
筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授
医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」 や 「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
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