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「日本語は日本人だけのもの?」作家・温又柔さんに聞いた

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沼田真佑さんの『影裏』が選ばれた第157回芥川賞で、ある作品を巡る選考委員の選評が物議を醸した。

台湾出身の作家・温又柔さんの『真ん中の子どもたち』。日本と台湾にルーツを持つ主人公の葛藤と成長の物語で、3歳で日本に移住した温さんの経験が土台になっているという。

その作品について、選考委員の作家・宮本輝氏がこう書いていた。

私は芥川賞の候補作が年々長くなっていくことに不満を感じている。重くも軽くもないただ長いだけの刀になんの威力があろう。 その長い小説のひとつである温又柔さんの「真ん中の子どもたち」は、(中略)当事者たちには深刻なアイデンティティと向き合うテーマかもしれないが、日本人の読み手にとっては対岸の火事であって、同調しにくい。なるほど、そういう問題も起こるのであろうという程度で、他人事を延々と読まされて退屈だった。(『文藝春秋』2017年9月号より)

私は言葉を失った。「他人事」「退屈」という部分は特に。そうか、こうした悩みって「日本人」には関係なくて、つまらないものとして映るのか。

私は父の仕事の都合で、6歳の時に韓国ソウルから日本に来た。通った神奈川県の公立幼稚園では当初、言葉がまったくわからず、泣いて帰ってきた。母と一緒に辞書をひきながら日本語を学んだ。幼稚園の先生や友達とたくさんの手紙のやりとりをしながら文字を覚え、文化を知っていった。小学校、中学と、日本語が上達していくのがうれしくて、それと引き換えに韓国語をどんどん忘れていくことは気にもならなかった。

韓国の大学に進学したことで「母語」は韓国語に固まったのだけど、縁あって日本の新聞社に就職した今、生活のほとんどは日本語で占められている。正直、社会人生活10年近くなる今、韓国語は退化していて、両親と電話で話しながら単語が出て来なくなっている自分にびっくりしたりする。

だから「真ん中の子どもたち」を読んだ時、自分自身の話を読んだように感じた。アイデンティティーは、在日外国人やダブル(ハーフ)、帰国子女にとって、大なり小なり誰もが一度は抱えるだろう悩みだ。私の場合、大人になって克服したと思っても繰り返し襲ってくる。そういった中で主人公を励ます友人たちの言葉は私自身も救われる思いになり、夢中になって一気に読んだ。

私が一番引っかかったのは、宮本氏が指した「日本人の読み手」という部分だ。日本語で書かれたものの読み手が必ずしも日本人とは限らない。今や近所のコンビニや居酒屋、銀座のデパートでも、日本に生活基盤に持つ外国人の姿はいくらでも見えてくる。この作品の主人公のように、両親どちらかが外国人というダブルの子たちだっている。

……とは言っても、長い日本生活で「郷に入れば郷に従え」の精神が根付いた私は、モヤモヤを抱えながらも「まあいいか」とやり過ごそうとしたが、当事者の温さんは違った。

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話を聞いてみたいと、8月下旬、渋谷のカフェに会いに行った。温さんはその名の通りあたたかい声で、そしてあつく語ってくれた。

■「日本語は私のものでもある」

温又柔さん。2017年8月末、東京・渋谷のカフェで

――「日本語は日本人だけのものではない」と温さんは言っていた。私もそう思うのだけど、なかなか大きな声で言いにくいです……。外国人の私がそんなこと言っていいのかなって。

いや言いましょう(笑)。私は「日本語は私のものだ」と主張したかったのではありません。正確にはこうなんです、「日本語はあなたたちのものであると同時に、私のものでもあるんだよ」。だって現に、私と日本語の関係はこんなにも親密です。それは私に限らないでしょう? 日本人じゃないけれど、日本語をつかって生きている人たちはたくさんいる。本当のことなのだから、堂々と言いましょうよ。誰も言わないなら、私が言います。

あの選評に対する違和感をツイッターで呟いたのは、何よりもまず「日本人の読み手には……」という書き方に排他的なものを感じたからです。なぜ、わざわざここで主語を「日本人」とするのだろう、と思いませんか?「私には退屈だった」でもいいのに。きっとこのひとは、自分=日本人であって、それを疑ったことがないんだろうなと思いました。そしたらすごく悔しくなってきて、いてもたってもいられなくなって……。

この呟きが、想像以上の反響でした。

私以上に怒ってくださる方々がたくさんいて。「日本人の読み手がそんなひとばかりだと思わないでね」とか「だからこそあなたには書く意義がある」と励まされたり。本当に救われる思いでした。

言語って、何語に限らず、それを使うすべての人に開かれていると思うんです。私はたまたま日本に育って日本語で小説を書く立場だけど、これが英語やフランス語だったらまた違っていた。英国のシェークスピアだけが英語じゃないというのは、はるか昔から共通理解。でも日本語は21世紀になった今でも、作者が外国籍だと未だに「母語じゃないのにすごい」と言われたりする。

■日本語も、生きている人の数だけ幅があっていい

2017年3月、『台湾生まれ 日本語育ち』繁体字中文版発売刊行イベントで台北のラジオ局「教育広播電台」に招かれて。

――私も記者として日本語で文章を書いていましたが、いつの頃からか、韓国人の私の署名が入った記事を日本の人はどう読むのだろうと、必要以上に考えるようになってしまいました。

そうですね。内容はまったく同じでも、それを日本人が書いているかそうではないかで受けとめられ方が変わるというのはありますよね。

以前は、私自身も「日本語は日本人だけのもの」と思い込んでいました。日本で育ち、日本語をつかって生きているのは同じなのに、日本国籍を持ち、日本人の両親を持つ日本人たちのようには日本語そのものに「安住」しちゃいけないというか。ちょっと遠慮していました。

自分は外国人なんだから、いくら流ちょうに操れても、これは、日本語は、「仮の言語」なんだって。

振り返ってみれば、この感覚って、別に最初からあったわけではない。日本社会で育っていくうちに、知らずしらずに身につけていったものです。自分以外は全員日本人という環境の中で、私もまた「日本人とはこういうものだ(だから自分は日本人ではない)」という考え方を内面化していったように思います。「いや、私のような日本人もいる」と思うまで、ずいぶん遠回りしました。それは私にとっては、「私には、日本人とはちがう私だけの日本語が書けるはずだし、書いてもいいんだ」という発見と繋がっていました。

たとえば、台湾の友だちと喋っていると、かれらの中国語には台湾語がおおらかにまじっている。客家語や、原住民の言葉がまざるひともいる。上海のひとなら、上海語と北京語の「バイリンガル」が多いし、育った環境によってそれぞれの中国語がある。英語圏もそうですね。私は日本語だって、そんなふうに、それをしゃべって、生きている人の数だけ幅があっていいと思うんです。「こうでなければ日本語としておかしい」と縛られず、「こんな日本語やあんな日本語もある!」と日本人自身ももっと自由になっていいと思っています。

■「みんなと同じでなくちゃ」無意識に思い詰めている

――これから外国にルーツを持つ「真ん中の子どもたち」って、日本にもっと増えていきますよね。

外国にルーツを持つ子どもたちが日本で育つ過程で、自分という存在が日本社会ではどうやらふつうではない、とか、なんだかズレていると思えてくるようになり、そのことをどう乗り越えて、自分自身と和解するか、ということをこの小説では描きたかった。

私自身、自分のことを大切に思えない時期がありました。

台湾人なのに中国語がへたで、日本語にこんなにも頼っているのに日本人とはみなされない。もし英語圏で育ったのならその国が窮屈ならいくらでも言葉の通じる逃げ場があったはずなのに、自分は日本語しかできないからどこにも逃げることができない。「どうして自分は日本で育ったんだろう」と悩みました。

でも、ある時期から、日本人としてあからさまにズレている自分なんかよりも、ふつうの日本人たちのほうがよっぽど、この国の同調圧力に苦しんでいるのではないかと思うようになりました。

みんなと同じようでなくちゃいけない、とたぶん無意識のところで思い詰めているひとたちがとても多いなって気づいたんです。

私もとても身に覚えがあるのですが、周囲の人たちと同じようでなきゃいけない、とか、自己主張して場から浮いてしまうのが恐いからなるべくみんなと同じでいよう、というふうに少しずつ自分を騙していると、だんだん息が詰まってきて、どうしようもなくなってくる。

■魅力的な「雑音」でいられるように

2014年3月、『来福の家』繁体字中文版発売刊行イベントに駆け付けてくれた台湾の同世代の作家たちと。

『真ん中の子どもたち』の冒頭に、トリン・T・ミンハの「他者への深い尊敬の念は自尊心から始まる」という言葉を置いたのは、自分を大切にすることからはじめよう、と呼びかけたかったからなんです。自分を肯定することは、他者を否定することではありません。むしろ、自分を大切にできるひとほど、他人のこともちゃんと尊重できると思うんですよね。

何より私自身がそうでした。

台湾にルーツを持ちつつ、日本で育ったというこの経験はマイナスではなく、プラス。そう思えるようになってはじめて、日本語そのものの包容力を知り、その懐に飛び込むことができたんです。

今は、私みたいな日本人もいるよ、と自分が発言することで「日本にはこんなやつもいて、自分たちと同じように日本語をつかって生きているんだ」と思ってもらったり、台湾語や中国語まじりの私の文章を読んで「日本語って思ってる以上に面白い可能性があるんだな」と感じてもらえたりすることが楽しいし、うれしい。日本で育ってラッキーだったなあ、って(笑)。

だって、私達が思っている以上に、「もっと、自分たちの知らない日本を見てみたいし、感

じたい!」と求めている日本人は多いんです。

私はそういう人たちにとって魅力的な「雑音」でいられるように、これからもがんばりたいなって思います。

そう言って笑う温さんを見ながら、自分が記者になろうとした理由を思い出した。

そういえば私、「多様性を認め合える社会になろう」と呼びかける新聞記事に感銘したんだっけ。異なる背景を持つ私もまた日本で生きてきて、私たち家族をあたたかく迎え入れてくれた地域に感謝していて、そんな立場から、紙面を通じて日本社会に何かしら貢献したいと思ったのだった。どうしていつの間に、「みんなと一緒じゃないから」と言って後ろに隠れるようになったんだろう。

「魅力的な雑音」になる努力を、もう一度また始めてみたいと思った。

Source: ハフィントンポスト

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genki

genki

 小学校元教諭。6年間、教壇に立つが日々追われる実務、長引く会議、閉塞的な職場に、次第に心が疲弊していく。やがてブラックな職場で自殺願望すら生まれ、このままでは死ぬ前に後悔する人生になってしまうと思い退職を決意。小学校の先生を辞め、自力で稼ぐと決断する。
 そして、幸運な事にビジネスの権威と出会う機会に恵まれ、直接指導を受ける機会を得る。この決断がたった1つの奇跡的な出会いを引き寄せ、その後は師に教わったビジネスノウハウをひたすら実行し続け会社の発展に至る。
 会社設立から3年後、デンマークで最高峰の働き方が実施されている企業を現地視察。管理職、社員が共に幸せになれる8つのエッセンスを欧州より持ち帰り、自身の会社を通して日本中に広めようと奮闘中。
 埼玉県さいたま市出身。既婚。早く子供が欲しく妊活真っ最中の1983年5月生まれ。趣味は空手、柔術、ウクレレ、食べること、バターコーヒー。好きな言葉は下座達観。

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