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「インターネットの詩人」が残したもの/追悼:ジョン・ペリー・バーロウ氏

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ジョン・ペリー・バーロウ氏が2月7日、サンフランシスコで亡くなったという。70歳だった。バーロウ氏が共同設立し、副理事長でもあった電子フロンティア財団が明らかにした

By Joi Ito (CC BY 2.0)

ロックバンド「グレイトフル・デッド」の作詞家として、また「サイバースペース独立宣言」などインターネットにおける自由と権利を掲げるアクティビストとして、広く知られたバーロウ氏は、「インターネットの詩人」とも「インターネットのビジョナリー」とも呼ばれた。

バーロウ氏の掲げたテクノユートピア的な世界観は、スノーデン事件で明らかになった政府の監視や「イスラム国」などのテロリズムの広がりなどの現実の中で、「ナイーブ」だとして批判の対象ともなっていたようだ。

だが、バーロウ氏は「独立宣言」からの20年、その立場はぶれていなかった、という。2016年のワイアードのインタビューでは、こう述べている

独立宣言の趣旨は、サイバースペースが統治権とは無縁のものだ、ということだ。それは常に変わらないだろう。当時もそう信じていたし、今でもそれは正しいと信じている。

法や政治の枠組みとインターネットとの軋轢に、理想の旗を掲げ続けながら取り組んだアクティビスト。その点で、今日まで続くインターネット社会の制度設計をめぐる議論の、重要なパイオニアだ。

そんなバーロウ氏への、追悼の声がネットに広がっている。

●サイバースペース独立宣言

工業世界の政府よ、汝、肉と鋼の疲れたる巨人よ、我は新たなる心の棲み処、サイバースペースより来たる。未来の名において、過去たる汝に要求する。我らに立ち入ってはならぬ。歓迎されざる者よ。我らの集いし場所に、汝の統治は及ばぬ。

バーロウ氏が「サイバースペース独立宣言」を公開したのは、1996年2月8日。スイスで開かれていたダボス会議に出席中だったバーロウ氏は、自身のノートパソコンから600人の知り合いに宛てて、メールで「独立宣言」を送信した。

A Declaration of the Independence of Cyberspace by John Perry Barlow. from IDEALOGUE on Vimeo.

「独立宣言」が標的としたのは、当時のクリントン政権下でまさにこの日に成立した「通信品位法」だ。同法には、ネット上の「下品」なコンテンツの流通を規制する権限を連邦通信委員会(FCC)に与える、との規定があり、表現の自由を阻害するとして、批判が集まっていた。

この法律は、汝ら自身の憲法を否定し、ジェファーソン、ワシントン、ミル、マディソン、トクヴィル、ブランダイスの夢を侮辱する。彼らの夢は、今こそ米国の地に再生されねばならない。

「通信品位法」はその指摘どおり、翌1997年6月26日、連邦最高裁が「下品なコンテンツ」という条文があいまいで、修正憲法1条が保障する表現の自由を侵害するとして、違憲判断を下している

さらに「独立宣言」では、インターネットの理想を、こう述べている。

我らは、人種、財力、武力、出生地による特権や偏見なしに、すべての者が立ち入ることができる世界を創りだしていく。

我らは、誰もが、どこからでも、自らの信条を表明できる世界を創りだしていく。それがいかに特異なものであれ、沈黙や服従を強いられることを恐れる必要はないのだ。

以後、インターネットの自由や理想をめぐる議論の中では、この「サイバースペース独立宣言」が、しばしば”原典”として引用されることになる。

●グレイトフル・デッドの作詞家

バーロウ氏の肩書として、まず最初にあげられるのは、「グレイトフル・デッドの作詞家」だ。

西海岸のカウンターカルチャーを象徴し、「デッドヘッド」と呼ばれる熱狂的なファンコミュニディを擁するこのバンドとバーロウ氏のつながりは、ボーディングスクール(寄宿学校)だったという。

ワイオミングのカウボーイの家系に育ったバーロウ氏。コロラドのボーディングスクールでルームメイトになったのが、ボブ・ウィア氏だ。

ウィア氏はその後、『カッコーの巣の上で』で知られる作家、ケン・キージー氏を中心とするサンフランシスコ・ベイエリアのサイケデリックコミュニティ「メリー・プランクスターズ」にも参加したロックバンド、ワーロックス(後のグレイトフル・デッド)のギタリストとなる。

バーロウ氏は1970年代当初、ウィア氏のソロへの歌詞提供をするうち、「グレイトフル・デッドの作詞家」となっていったようだ。

メキシカリ・ブルース」「キャシディ」「エスティメイテッド・プロフェット」といった、ベスト盤収録曲を含む広く知られた曲を手がけている。

ベイエリア(シリコンバレー)を発祥とするカウンターカルチャーとインターネットカルチャー。この二つの潮流をつなぐキーパーソンのひとりが、バーロウ氏だった。

●電子フロンティア財団

バーロウ氏は1980年代後半、「ハッカーズ・カンファレンス」などのテクノロジーのコミュニティに関わるようになっていったようだ。

1990年3月、テキサス州オースチンのゲーム会社「スティーブ・ジャクソン・ゲームズ」にシークレットサービスによる強制捜査が行われる。その2年前、ベル・サウス社から流出した緊急通報システムに関する内部文書「E911」に関する捜査名目だったが、リリース直前だったゲーム「ガープス・サイバーパンク」など無関係なデータ、機材一式まで押収。同社は巨額の損失を被ることとなった。

同年のFBIによるハッカー摘発名目の「サンデビル作戦」など、当局によるオンラインの取り締まりが強化される中で起きた事件だった。

この「スティーブ・ジャクソン・ゲームズ」事件支援を契機として、オンラインでの法的権利保護に取り組む団体として同年7月に「電子フロンティア財団(EFF)」が設立される

設立の舞台となったのは、カウンターカルチャー雑誌「ホールアース・カタログ」の編集長だったスチュアート・ブランド氏が立ち上げたオンラインコミュニティ「ザ・ウェル」だ。

ここに参加していたバーロウ氏のほか、表計算ソフト「ロータス123」の開発者、ミッチェル・ケイパー氏(写真右)、フリーソフトウェアのアクティビスト、ジョン・ギルモア氏(同左)が共同設立者となり、EFFが生まれる。

By JD Lasica (CC BY 2.0)

「スティーブ・ジャクソン・ゲームズ」はシークレットサービスを提訴。最終的に30万ドルを超す賠償金を勝ち取る

バーロウ氏は以来、EFFを拠点に、インターネット社会が抱える、政治的、法的課題に取り組むことになる。

自由な著作権のあり方も、バーロウ氏が取り組んだテーマだった。

グレイトフル・デッドは、ファン(デッドヘッド)によるライブの録音を規制せず、録音テープを自由に流通させることで、ファンコミュニティのつながりを広げ、深めていくエコシステムをつくりあげたことでも知られる。

現在の「フリーミアム」の原型ともいえるモデルだ。アーカイブサイト「インターネット・アーカイブ」には、1万8000本を超すコンサート音源が公開されている。

バーロウ氏は、2002年のカンファレンス「コンピューター・プライバシー&フリーダム(CPF)」に登壇した際、高間剛典氏のインタビューに、こう答えている

私は、新しいシステムを創造する前に、古いシステムがその可能性を壊してしまうことを防ごうとしている。それがグレイトフル・デッドモデルやフリーソフトウェア/オープンソースモデルなどだとしても、スタートする前に十分に実践される余地を保証する必要がある。しかし現在起きているのは、伝統的出版業界がそれを重要視せず潰そうとしていることだ。

●「テクノロジーユートピア」への批判

テクノロジーに関する公共政策を専門とする米国のシンクタンク「情報技術イノベーション財団(ITIF)」は「独立宣言」発表20周年となる2016年2月に、この宣言を批判する声明を公開した

バーロウ氏の独立宣言は、インターネット及びインターネット上での活動は統治できないし、されるべきではない、としていた。だが、それが誤りであることは、繰り返し証明されてきた。インターネットをハッカーグループ「アノニマス」や匿名掲示板「4chan」、「イスラム国」などのインターネットの異端者たちに引き渡すことによって生じうるマイナスの結果が明らかになったというのに、バーロウ氏はそれについてのコメントを避けている。今こそ、政府を含めたインターネットにかかわるすべてのステークホルダーが、我々の社会のすべての個人の権利、尊厳、財産を守るために協力すべきだと、理解する時だ。

サイバー攻撃やテロリストの広がりを受けて、インターネット黎明期の「ユートピア論」、特にその代表例としての「サイバースペース独立宣言」が矢面に立たされる場面も出てきた。

だが、バーロウ氏自身は、アラン・ケイ氏の有名な「未来を予測する最善の方法は、実際にそれを発明することだ」をもじって、こう述べていた、とEFFのシンディ・コーエン氏は記す

私にはわかっている。「未来を発明するのによい方法は、それを予言することだ」というのもまた真なり、と。だから私はユートピアを予言したんだ。ムーアの法則やメトカーフの法則が、エドワード・スノーデン氏の名付けた「ターンキー方式の全体主義」を達成する間に、自由になんとか助走期間を与えたいと願って。

「ユートピアの予言」がなければ、その実現もない――それがバーロウ氏の、インターネットの自由をめぐる「思想」だったようだ。

●インターネットの市長

バーロウ氏は、90年代、テクノロジーライターとしても、ヴァーチャルリアティの動きをフォローするなど、活発に活動していた。その舞台の一つがテクノロジーカルチャー雑誌「ワイアード」だ。

ワイアードの創刊編集長をつとめたケビン・ケリー氏は、ブログメディア「ボインボイン」に寄せた追悼文で、バーロウ氏を「インターネットの市長」と表現した

私はいつも、バーロウ氏のことをインターネットの市長だと思っていた。インターネットは、政治的な構造物であり、社会が繁栄と自由を実現するために必要となる理想、妥協、そして公民権と同様のものが、やはり必要だととても早い時期から見抜いていた。誰かが選んだわけではないが、もしインターネットの市長の投票をするとしたら、彼が当選してただろう。

そして、そのワイアードには、バーロウ氏と1989年の「ハッカーズ・カンファレンス」で出会ったという、名著「ハッカーズ」の著者、スティーブン・レビー氏が追悼文を寄せている

レビー氏はバーロウ氏を「デジタル革命の詩人」と表現する。

バーロウ氏が与えたインパクトはあまりに大きく、その名を知らぬ人々でさえ、彼が描くネットワーク化された世界のビジョンには、長くつきあってきたはずだ。その世界では、言論や創造性は自由に流通し、真実は弾丸の速さで権力を標的にする。しかし、バーロウ氏が記憶に残るのは、文章やアイディア、詩を次々とつむぎだすその手際だけではないだろう。実際の彼は、それ以上の存在感を持っていたのだから。

バーロウ氏はこの数年、ジョン・ギルモア氏が所有するサンフランシスコの家で闘病生活を送っていたという。今年1月26日、フェイスブックへの投稿で、ペンギンから出版される自伝的小説が脱稿した、との報告を行っていた

そして亡くなる5日前、フェイスブックのアイコン写真を新しいものに取り換えている

紙エプロンでハンバーガーを手にするバーロウ氏。その後ろには、グレイトフル・デッドのボブ・ウィア氏の姿が写っていた。

そして、ウィア氏はツイッターにこう書き込んだ。「彼は我々がつくった歌の中で生き続ける…

——–

■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)

(2018年2月11日「新聞紙学的」より転載)

Source: ハフィントンポスト

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genki

genki

 小学校元教諭。6年間、教壇に立つが日々追われる実務、長引く会議、閉塞的な職場に、次第に心が疲弊していく。やがてブラックな職場で自殺願望すら生まれ、このままでは死ぬ前に後悔する人生になってしまうと思い退職を決意。小学校の先生を辞め、自力で稼ぐと決断する。
 そして、幸運な事にビジネスの権威と出会う機会に恵まれ、直接指導を受ける機会を得る。この決断がたった1つの奇跡的な出会いを引き寄せ、その後は師に教わったビジネスノウハウをひたすら実行し続け会社の発展に至る。
 会社設立から3年後、デンマークで最高峰の働き方が実施されている企業を現地視察。管理職、社員が共に幸せになれる8つのエッセンスを欧州より持ち帰り、自身の会社を通して日本中に広めようと奮闘中。
 埼玉県さいたま市出身。既婚。早く子供が欲しく妊活真っ最中の1983年5月生まれ。趣味は空手、柔術、ウクレレ、食べること、バターコーヒー。好きな言葉は下座達観。

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